臘梅
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)臘梅《らふばい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)十六|世《せ》

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(例)[#天から2字下げ]
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 わが裏庭の垣のほとりに一株の臘梅《らふばい》あり。ことしも亦《また》筑波《つくば》おろしの寒きに琥珀《こはく》に似たる数朶《すうだ》の花をつづりぬ。こは本所《ほんじよ》なるわが家《や》にありしを田端《たばた》に移し植ゑつるなり。嘉永《かえい》それの年に鐫《ゑ》られたる本所絵図《ほんじよゑず》をひらきたまはば、土屋佐渡守《つちやさどのかみ》の屋敷の前に小さく「芥川《あくたがは》」と記せるのを見たまふらむ。この「芥川」ぞわが家《や》なりける。わが家《や》も徳川家《とくがはけ》瓦解《ぐわかい》の後《のち》は多からぬ扶持《ふち》さへ失ひければ、朝あさのけむりの立つべくもあらず、父ぎみ、叔父《をぢ》ぎみ道に立ちて家財のたぐひすら売りたまひけるとぞ。おほぢの脇差《わきざ》しもあとをとどめず。今はただひと株の臘梅のみぞ十六|世《せ》の孫には伝
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