奥さんの風流に相違あるまい。
 もし先客がなかつたなら、この客間を覗いた眼を更に次の間《ま》へ転じなければならぬ。次の間と云つても客間の東側には、唐紙《からかみ》も何もないのだから、実は一つ座敷も同じ事である。唯|此処《ここ》は板敷で、中央に拡げた方一間《はういつけん》あまりの古絨毯《ふるじゆうたん》の外《ほか》には、一枚の畳も敷いてはない。さうして東と北の二方《にほう》の壁には、新古和漢洋の書物を詰めた、無暗に大きな書棚が並んでゐる。書物はそれでも詰まり切らないのか、ぢかに下の床《ゆか》の上へ積んである数《かず》も少くない。その上やはり南側の窓際に置いた机の上にも、軸だの法帖《はふでふ》だの画集だのが雑然と堆《うづたか》く盛《も》り上つてゐる。だから中央に敷いた古絨毯も、四方に並べてある書物のおかげで、派手《はで》なるべき赤い色が僅《わづか》ばかりしか見えてゐない。しかもそのまん中には小さい紫檀《したん》の机があつて、その又机の向うには座蒲団が二枚重ねてある。銅印《どういん》が一つ、石印《せきいん》が二《ふた》つ三《み》つ、ペン皿に代へた竹の茶箕《ちやき》、その中の万年筆、それから玉
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