その上に、黄泉路《よみぢ》の彼女を慰むべく、今まで妻に仕へてゐた十一人の女たちをも、埋め殺す事を忘れなかつた。女たちは皆、装ひを凝《こ》らして、いそいそと死に急いで行つた。するとそれを見た部落の老人たちは、いづれも眉をひそめながら、私《ひそか》に素戔嗚の暴挙を非難し合つた。
「十一人! 尊《みこと》は部落の旧習に全然無頓着で御出でなさる。第一の妃《きさき》が御なくなりなすつたのに、十一人しか黄泉《よみ》の御供を御させ申さないと云ふ法があらうか? たつた皆で十一人!」
 葬《はうむ》りが全く終つた後、素戔嗚は急に思ひ立つて、八島士奴美に世を譲つた。さうして彼自身は須世理姫と共に、遠い海の向うにある根堅洲国《ねのがたすくに》へ移り住んだ。
 其処は彼が流浪中に、最も風土の美しいのを愛した、四面海の無人島であつた。彼はこの島の南の小山に、茅葺《かやぶき》の宮を営ませて、安らかな余生を送る事にした。
 彼は既に髪の毛が、麻のやうな色に変つてゐた。が、老年もまだ彼の力を奪ひ去る事が出来ない事は、時々彼の眼に去来する、精悍《せいかん》な光にも明かであつた。いや、彼の顔はどうかすると、須賀の宮にゐた
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