つた。
 彼の名は子孫の殖えると共に、次第に遠くまで伝はつて行つた。国々の部落は彼のもとへ、続々と貢《みつぎ》を奉りに来た。それらの貢を運ぶ舟は、絹や毛革や玉と共に、須賀の宮を仰ぎに来る国々の民をも乗せてゐた。
 或日彼はさう云ふ民の中に、高天原の国から来た三人の若者を発見した。彼等は皆当年の彼のやうな、筋骨の逞《たくま》しい男であつた。彼は彼等を宮に召して、手づから酒を飲ませてやつた。それは今まで何人《なんぴと》も、この勇猛な部落の長から、受けたことのない待遇であつた。若者たちも始めの内は、彼の意嚮《いかう》を量《はか》りかねて、多少の畏怖を抱いたらしかつた。しかし酒がまはり出すと、彼の所望する通り、甕《みか》の底を打ち鳴らして、高天原の国の歌を唱つた。
 彼等が宮を下る時、彼は一振の剣を取つて、
「これはおれが高志《こし》の大蛇《をろち》を斬つた時、その尾の中にあつた剣だ。これをお前たちに預けるから、お前たちの故郷の女君《をんなぎみ》に渡してくれい。」と云ひつけた。
 若者たちはその剣を捧げて、彼の前に跪《ひざまづ》きながら、死んでも彼の命令に背《そむ》かないと云ふ誓ひを立てた。

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