男と顔を合せた。
「どうだな。昨夜《ゆうべ》はよく眠られたかな?」
「ええ。御かげでよく眠られました。」
素戔嗚は顔中に不快さうな色を漲《みなぎ》らせて、じろりと相手を睨みつけたが、どう思つたかもう一度、何時もの冷静な調子に返つて、
「さうか。それはよかつた。ではこれからおれと一しよに、一泳ぎ水を浴びるが好い。」と隔意なささうな声をかけた。
二人はすぐに裸になつて、波の荒い明け方の海を、沖へ沖へと泳ぎ出した。素戔嗚は高天原の国にゐた時から、並ぶもののない泳ぎ手であつた。が、葦原醜男は彼にも増して、殆ど海豚《いるか》にも劣らない程、自由自在に泳ぐ事が出来た。だから二人のみづらの頭は、黒白二羽の鴎《かもめ》のやうに、岩の屏風《びやうぶ》を立てた岸から、見る見る内に隔たつてしまつた。
七
海は絶えず膨《ふく》れ上つて、雪のやうな波の水沫《しぶき》を二人のまはりへ漲《みなぎ》らせた。素戔嗚はその水沫の中に、時々葦原醜男の方へ意地悪さうな視線を投げた。が、相手は悠々とどんなに高い波が来ても、乗り越え乗り越え進んでゐた。
それが暫く続く内に、葦原醜男は少しづつ素戔嗚より先
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