つた。
 彼の名は子孫の殖えると共に、次第に遠くまで伝はつて行つた。国々の部落は彼のもとへ、続々と貢《みつぎ》を奉りに来た。それらの貢を運ぶ舟は、絹や毛革や玉と共に、須賀の宮を仰ぎに来る国々の民をも乗せてゐた。
 或日彼はさう云ふ民の中に、高天原の国から来た三人の若者を発見した。彼等は皆当年の彼のやうな、筋骨の逞《たくま》しい男であつた。彼は彼等を宮に召して、手づから酒を飲ませてやつた。それは今まで何人《なんぴと》も、この勇猛な部落の長から、受けたことのない待遇であつた。若者たちも始めの内は、彼の意嚮《いかう》を量《はか》りかねて、多少の畏怖を抱いたらしかつた。しかし酒がまはり出すと、彼の所望する通り、甕《みか》の底を打ち鳴らして、高天原の国の歌を唱つた。
 彼等が宮を下る時、彼は一振の剣を取つて、
「これはおれが高志《こし》の大蛇《をろち》を斬つた時、その尾の中にあつた剣だ。これをお前たちに預けるから、お前たちの故郷の女君《をんなぎみ》に渡してくれい。」と云ひつけた。
 若者たちはその剣を捧げて、彼の前に跪《ひざまづ》きながら、死んでも彼の命令に背《そむ》かないと云ふ誓ひを立てた。
 彼はそれから独り海辺へ行つて、彼等を乗せた舟の帆が、だんだん荒い波の向うに、遠くなつて行くのを見送つた。帆は霧を破る日の光を受けて、丁度中空を行くやうに、たつた一つ閃いてゐた。

       二

 しかし死は素戔嗚夫婦をも赦《ゆる》さなかつた。
 八島士奴美《やしまじぬみ》がおとなしい若者になつた時、櫛名田姫はふと病に罹《かか》つて、一月ばかりの後に命を殞《おと》した。何人か妻があつたとは云へ、彼が彼自身のやうに愛してゐたのは、やはり彼女一人だけであつた。だから彼は喪屋《もや》が出来ると、まだ美しい妻の死骸の前に、七日七晩坐つた儘、黙然《もくねん》と涙を流してゐた。
 宮の中はその間、慟哭《どうこく》の声に溢れてゐた。殊に幼い須世理姫《すせりひめ》が、しつきりなく歎き悲しむ声には、宮の外を通るものさえ、涙を落さずにはゐられなかつた。彼女は――この八島士奴美のたつた一人の妹は、兄が母に似てゐる通り、情熱の烈しい父に似た、男まさりの娘であつた。
 やがて櫛名田姫の亡《な》き骸《がら》は、生前彼女が用ひてゐた、玉や鏡や衣服と共に、須賀の宮から遠くない、小山の腹に埋められた。が、素戔嗚は
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