二十四

「安田《やすだ》さん、御客様でございますよ。」
 こう云う女中の声が聞えた時、もう制服に着換えていた俊助《しゅんすけ》は[#「は」は底本では「はは」]、よしとか何とか曖昧《あいまい》な返事をして置いて、それからわざと元気よく、梯子段《はしごだん》を踏み鳴しながら、階下《した》へ行った。行って見ると、玄関の格子《こうし》の中には、真中《まんなか》から髪を割って、柄の長い紫のパラソルを持った初子《はつこ》が、いつもよりは一層|溌剌《はつらつ》と外光に背《そむ》いて佇《たたず》んでいた。俊助は閾《しきい》の上に立ったまま、眩しいような感じに脅《おびや》かされて、
「あなた御一人?」と尋ねて見た。
「いいえ、辰子《たつこ》さんも。」
 初子は身を斜《ななめ》にして、透《すか》すように格子の外を見た。格子の外には、一間に足らない御影《みかげ》の敷石があって、そのまた敷石のすぐ外には、好い加減古びたくぐり門があった。初子の視線を追った俊助は、そのくぐり門の戸を開け放した向うに、見覚えのある紺と藍との竪縞《たてじま》の着物が、日の光を袂《たもと》に揺《ゆす》りながら、立っ
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