驍謔、な気がするんだ。君は矛盾《むじゅん》だと思うだろう。矛盾もまた甚しいと思うだろう。だろうが、僕はそう云う人間なんだ。それだけはどうか呑み込んで置いてくれ。――じゃ失敬しよう。わが親愛なる安田俊助《やすだしゅんすけ》。」
大井は妙な手つきをして、俊助の肩を叩いたと思うと、その手に海老茶色の垂幕を挙げて、よろよろビヤホオルの中へはいってしまった。
「妙な男だな。」
俊助は軽蔑とも同情とも判然しない一種の感情に動かされながら三度《みたび》こう呟いて、クラブ洗粉《あらいこ》の広告電燈が目まぐるしく明滅する下を、静に赤い停留場《ていりゅうば》の柱の方へ歩き出した。
三十六
下宿へ帰って来た俊助《しゅんすけ》は、制服を和服に着換《きかえ》ると、まず青い蓋《かさ》をかけた卓上電燈の光の下で、留守中《るすちゅう》に届いていた郵便へ眼を通した。その一つは野村《のむら》の手紙で、もう一つは帯封に乞《こう》高評《こうひょう》の判がある『城』の今月号だった。
俊助は野村の手紙を披《ひら》いた時、その半切《はんきれ》を埋《うず》めているものは、多分父親の三回忌に関係した、家事上
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