として、もがくように、腹の子はまた、人間の苦しみを嘗《な》めに来ようとして、もがいている。が、阿濃は、そんな事は考えない。ただ、母になるという喜びだけが、そうして、また、自分も母になれるという喜びだけが、この凌霄花《のうぜんかずら》のにおいのように、さっきから彼女の心をいっぱいにしているからである。
 そのうちに、彼女はふと、胎児が動くのは、眠れないからではないかと思いだした。事によると、眠られないあまりに、小さな手や足を動かして、泣いてでもいるのかもしれない。「坊やはいい子だね。おとなしく、ねんねしておいで、今にじき夜が明けるよ。」――彼女は、こう胎児にささやいた。が、腹の中の身動きは、やみそうで、容易にやまない。そのうちに痛みさえ、どうやら少しずつ加わって来る。阿濃《あこぎ》は、窓を離れて、その下にうずくまりながら、結び燈台のうす暗い灯《ひ》にそむいて、腹の中の子を慰めようと、細い声で歌をうたった。
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君をおきて
あだし心を
われ持たばや
なよや、末の松山
波も越えなむや
波も越えなむ
[#ここで字下げ終わり]
 うろ覚えに覚えた歌の声は、灯《ひ》のゆれるのに
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