れて、加茂川にかかっている橋が、その白々《しらじら》とした水光《すずびか》りの上に、いつか暗く浮き上がって来た。
 ひとり加茂川ばかりではない。さっきまでは、目の下に黒く死人《しびと》のにおいを蔵していた京の町も、わずかの間《ま》に、つめたい光の鍍金《めっき》をかけられて、今では、越《こし》の国の人が見るという蜃気楼《かいやぐら》のように、塔の九輪や伽藍《がらん》の屋根を、おぼつかなく光らせながら、ほのかな明るみと影との中に、あらゆる物象を、ぼんやりとつつんでいる。町をめぐる山々も、日中のほとぼりを返しているのであろう、おのずから頂きをおぼろげな月明かりにぼかしながら、どの峰も、じっと物を思ってでもいるように、うすい靄《もや》の上から、静かに荒廃した町を見おろしている――と、その中で、かすかに凌霄花《のうぜんかずら》のにおいがした。門の左右を埋《うず》める藪《やぶ》のところどころから、簇々《そうそう》とつるをのばしたその花が、今では古びた門の柱にまといついて、ずり落ちそうになった瓦《かわら》の上や、蜘蛛《くも》の巣をかけた楹《たるき》の間へ、はい上がったのがあるからであろう。……
 窓
前へ 次へ
全113ページ中79ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング