、親殺しはすまいて。」
太郎は、くちびるをゆがめて、あざわらった。
「相変わらず、達者な口だて。」
「何が達者な口じゃ。」
猪熊《いのくま》の爺《おじ》は、急に鋭く、太郎の顔をにらめたが、やがてまた、鼻で笑いながら、
「されば、おぬしにきくがな、おぬしは、このわしを、親と思うか。いやさ、親と思う事ができるかよ。」
「きくまでもないわ。」
「できまいな」
「おお、できない。」
「それが手前勝手じゃ。よいか。沙金《しゃきん》はおばばのつれ子じゃよ。が、わしの子ではない。されば、おばばにつれそうわしが、沙金を子じゃと思わねばならぬなら、沙金につれそうおぬしも、わしを親じゃと思わねばなるまいがな。それをおぬしは、わしを親とも思わぬ。思わぬどころか、場合によっては、打ち打擲《ちょうちゃく》もするではないか。そのおぬしが、わしにばかり、沙金を子と思えとは、どういうわけじゃ。妻《め》にして悪いとは、どういうわけじゃ。沙金を妻《め》にするわしが、畜生なら、親を殺そうとするおぬしも、畜生ではないか。」
老人は、勝ち誇った顔色で、しわだらけの人さし指を、相手につきつけるようにしながら、目をかがやかせ
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