のうちに、わたしの事もそう言う時が来やしないか。」
「それは、どうだかわかりゃしない。」
沙金《しゃきん》は、またかん高《だか》い声で、笑った。
「おこったの? じゃ、来ないって言いましょうか。」
「内心女夜叉《ないしんにょやしゃ》さね。お前は。」
次郎は、顔をしかめながら、足もとの石を拾って、向こうへ投げた。
「そりゃ、女夜叉《にょやしゃ》かもしれないわ。ただ、こんな女夜叉《にょやしゃ》にほれられたのが、あなたの因果だわね。――まだうたぐっているの。じゃわたし、もう知らないからいい。」
沙金は、こう言って、しばらくじっと、往来を見つめていたが、急に鋭い目を、次郎の上に転じると、たちまち冷ややかな微笑が、くちびるをかすめて、一過した。
「そんなに疑うのなら、いい事を教えてあげましょうか。」
「いい事?」
「ええ」
女は、顔を次郎のそばへ持って来た。うす化粧のにおいが、汗にまじって、むんと鼻をつく。――次郎は、身のうちがむずがゆいほど、はげしい衝動を感じて、思わず顔をわきへむけた。
「わたしね、あいつにすっかり、話してしまったの。」
「何を?」
「今夜、みんなで藤判官《とうほうが
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