腐れ水にぬれた尾が、ずるずるあごの下へたれる――と思うと、子供たちは、一度にわっとわめきながら、おびえたように、四方へ散った。
今まで死んだようになっていた女が、その時急に、黄いろくたるんだまぶたをあけて、腐った卵の白味のような目を、どんより空《そら》に据《す》えながら、砂まぶれの指を一つびくりとやると、声とも息ともわからないものが、干割れたくちびるの奥のほうから、かすかにもれて来たからである。
三
猪熊《いのくま》のばばに別れた太郎は、時々扇で風を入れながら、日陰も選ばず、朱雀《すざく》の大路《おおじ》を北へ、進まない歩みをはこんだ。――
日中の往来は、人通りもきわめて少ない。栗毛《くりげ》の馬に平文《ひらもん》の鞍《くら》を置いてまたがった武士が一人、鎧櫃《よろいびつ》を荷なった調度掛《ちょうどが》けを従えながら、綾藺笠《あやいがさ》に日をよけて、悠々《ゆうゆう》と通ったあとには、ただ、せわしない燕《つばくら》が、白い腹をひらめかせて、時々、往来の砂をかすめるばかり、板葺《いたぶき》、檜皮葺《ひわだぶき》の屋根の向こうに、むらがっているひでり雲《ぐも》も、さ
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