しら》にけがをさすな。射ろ。射ろ。味方の矢にも、鏃《やじり》があるぞ。」
交野《かたの》の平六《へいろく》が、斧《おの》の柄《え》をたたいて、こうののしると、「おう」という答えがあって、たちまち盗人の中からも、また矢叫《やたけ》びの声が上がり始める。太刀《たち》の柄《つか》に手をかけて、やはり後ろに下がっていた次郎は、平六のこのことばに、一種の苛責《かしゃく》を感じながら、見ないようにして沙金の顔を横からそっとのぞいて見た。沙金は、この騒ぎのうちにも冷然とたたずみながら、ことさら月の光にそむきいて、弓杖《ゆんづえ》をついたまま、口角の微笑もかくさず、じっと矢の飛びかうのを、ながめている。――すると、平六が、またいら立たしい声を上げて、横あいから、こう叫んだ。
「なぜ十郎を捨てておくのじゃ。おぬしたちは矢玉が恐ろしゅうて、仲間を見殺しにする気かよ。」
太腿《ふともも》を縫われた十郎は、立ちたくも立てないのであろう、太刀《たち》を杖《つえ》にして居ざりながら、ちょうど羽根をぬかれた鴉《からす》のように、矢を避け避け、もがいている。次郎は、それを見ると、異様な戦慄《せんりつ》を覚えて、思わず腰の太刀をぬき払った。が、平六はそれを知ると、流し目にじろりと彼の顔を見て、
「おぬしは、お頭《かしら》に付き添うていればよい。十郎の始末は、小盗人《こぬすびと》でたくさんじゃ。」と、あざけるように言い放った。
次郎は、このことばに皮肉な侮蔑《ぶべつ》を感じて、くちびるをかみながら、鋭く平六の顔を見返した。――すると、ちょうどそのとたんである。十郎を救おうとして、ばらばらと走り寄った、盗人たちの機先を制して、耳をつんざく一声《いっせい》の角《つの》を合図に、粉々として乱れる矢の中を、門の内から耳のとがった、牙《きば》の鋭い、狩犬が六七頭すさまじいうなり声を立てながら、夜目にも白くほこりを巻いて、まっしぐらに衝《つ》いて出た。続いてそのあとから十人十五人、手に手に打ち物を取った侍が、先を争って屋敷の外へ、ひしめきながらあふれて来る。味方ももちろん、見てはいない。斧《おの》をふりかざした平六を先に立てて、太刀や鉾《ほこ》が林のように、きらめきながら並んだ中から、人とも獣《けもの》ともつかない声を、たれとも知らずわっと上げると、始めのひるんだけしきにも似ず一度に備えを立て直して、猛然と
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