には野蛮人を一人持つてゐなければならぬ。

       又

 文を作らんとするものゝ彼自身を恥づるのは罪悪である。彼自身を恥づる心の上には如何なる独創の芽も生へたことはない。

       又

 百足《むかで》 ちつとは足でも歩いて見ろ。
 蝶 ふん、ちつとは羽根でも飛んで見ろ。

       又

 気韻は作家の後頭部である。作家自身には見えるものではない。若し又無理に見ようとすれば、頸《くび》の骨を折るのに了るだけであらう。

       又

 批評家 君は勤め人の生活しか書けないね?
 作家 誰か何でも書けた人がゐたかね?

       又

 あらゆる古来の天才は、我我凡人の手のとどかない壁上の釘に帽子をかけてゐる。尤も踏み台はなかつた訳ではない。

       又

 しかしああ言ふ踏み台だけはどこの古道具屋にも転がつてゐる。

       又

 あらゆる作家は一面には指物師《さしものし》の面目を具へてゐる。が、それは恥辱ではない。あらゆる指物師も一面には作家の面目を具へてゐる。

       又

 のみならず又あらゆる作家は一面には店を開いてゐる。
前へ 次へ
全69ページ中68ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング