《オランダ》人、英吉利《イギリス》人等に劣らなかつた。

       つれづれ草

 わたしは度たびかう言はれてゐる。――「つれづれ草などは定めしお好きでせう?」しかし不幸にも「つれづれ草」などは、未嘗《いまだかつて》愛読したことはない。正直な所を白状すれば「つれづれ草」の名高いのもわたしには殆ど不可解である。中学程度の教科書に便利であることは認めるにもしろ。

       徴候

 恋愛の徴候の一つは彼女は過去に何人の男を愛したか、或はどう言ふ男を愛したかを考へ、その架空の何人かに漠然とした嫉妬を感ずることである。

       又

 又恋愛の徴候の一つは彼女に似た顔を発見することに極度に鋭敏になることである。

       恋愛と死と

 恋愛の死を想はせるのは進化論的根拠を持つてゐるのかも知れない。蜘蛛や蜂は交尾を終ると、忽ち雄は雌の為に刺し殺されてしまふのである。わたしは伊太利の旅役者の歌劇「カルメン」を演ずるのを見た時、どうもカルメンの一挙一動に蜂を感じてならなかつた。

       身代り

 我我は彼女を愛する為に往々彼女の外の女人を彼女の身代りにするものであ
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