のである。

       S・Mの智慧

 これは友人S・Mのわたしに話した言葉である。
 弁証法の功績。――所詮何ものも莫迦げてゐると云ふ結論に到達せしめたこと。
 少女。――どこまで行つても清冽な浅瀬。
 早教育。――ふむ、それも結構だ。まだ幼稚園にゐるうちに智慧の悲しみを知ることには責任を持つことにも当らないからね。
 追憶。――地平線の遠い風景画。ちやんと仕上げもかゝつてゐる。
 女。――メリイ・ストオプス夫人によれば女は少くとも二週間に一度、夫に情欲を感ずるほど貞節に出来てゐるものらしい。
 年少時代。――年少時代の憂鬱は全宇宙に対する驕慢《けうまん》である。
 艱難《かんなん》汝を玉にす。――艱難汝を玉にするとすれば、日常生活に、思慮深い男は到底玉になれない筈である。
 我等如何に生くべき乎《か》。――未知の世界を少し残して置くこと。

       社交

 あらゆる社交はおのづから虚偽を必要とするものである。もし寸毫《すんがう》の虚偽をも加へず、我我の友人知己に対する我我の本心を吐露するとすれば、古への管鮑《くわんぱう》の交りと雖も破綻《はたん》を生ぜずにはゐなかつた
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