かに王城を後ろにした。が、彼の思弁癖は屡《しばしば》彼をメランコリアに沈ましめたと云ふことである。すると王城を忍び出た後、ほつと一息ついたものは実際将来の釈迦無二仏《しやかむにぶつ》だつたか、それとも彼の妻の耶輸陀羅《やすだら》だつたか、容易に断定は出来ないかも知れない。

       又

 悉達多は六年の苦行の後、菩提樹下に正覚《しやうがく》に達した。彼の成道《じやうどう》の伝説は如何に物質の精神を支配するかを語るものである。彼はまづ水浴してゐる。それから乳糜《にゆうび》を食してゐる。最後に難陀婆羅《なんだばら》と伝へられる牧牛の少女と話してゐる。

       政治的天才

 古来政治的天才とは民衆の意志を彼自身の意志とするもののやうに思はれてゐた。が、これは正反対であらう。寧ろ政治的天才とは彼自身の意志を民衆の意志とするもののことを云ふのである。少くとも民衆の意志であるかのやうに信ぜしめるものを云ふのである。この故に政治的天才は俳優的天才を伴ふらしい。ナポレオンは「荘厳と滑稽との差は僅かに一歩である」と云つた。この言葉は帝王の言葉と云ふよりも名優の言葉にふさはしさうである。
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