であります。しかし又第二に『それ』以外のものを否定していることも確かであります。即ち『それだけだ』と言う言葉は頗《すこぶ》る一揚一抑の趣に富んでいると申さなければなりません。が、更に微妙なことには第三に『それ』の芸術的価値さえ、隠約の間に否定しています。勿論否定していると言っても、なぜ否定するかと言うことは説明も何もしていません。只《ただ》言外に否定している、――これはこの『それだけだ』と言う言葉の最も著しい特色であります。顕《けん》にして晦《かい》、肯定にして否定とは正に『それだけだ』の謂《いい》でありましょう。
「この『半肯定論法』は『全否定論法』或は『木に縁《よ》って魚を求むる論法』よりも信用を博し易いかと思います。『全否定論法』或は『木に縁って魚を求むる論法』とは先週申し上げた通りでありますが、念の為めにざっと繰り返すと、或作品の芸術的価値をその芸術的価値そのものにより、全部否定する論法であります。たとえば或悲劇の芸術的価値を否定するのに、悲惨、不快、憂欝《ゆううつ》等の非難を加える事と思えばよろしい。又この非難を逆に用い、幸福、愉快、軽妙等を欠いていると罵《ののし》ってもかま
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