一部を成している。
或自警団員の言葉
さあ、自警の部署に就《つ》こう。今夜は星も木木の梢《こずえ》に涼しい光を放っている。微風もそろそろ通い出したらしい。さあ、この籐《とう》の長椅子《ながいす》に寝ころび、この一本のマニラに火をつけ、夜もすがら気楽に警戒しよう。もし喉《のど》の渇いた時には水筒のウイスキイを傾ければ好い。幸いまだポケットにはチョコレエトの棒も残っている。
聴き給え、高い木木の梢に何か寝鳥の騒いでいるのを。鳥は今度の大地震にも困ると云うことを知らないであろう。しかし我我人間は衣食住の便宜を失った為にあらゆる苦痛を味わっている。いや、衣食住どころではない。一杯のシトロンの飲めぬ為にも少からぬ不自由を忍んでいる。人間と云う二足の獣は何と云う情けない動物であろう。我我は文明を失ったが最後、それこそ風前の灯火のように覚束《おぼつか》ない命を守らなければならぬ。見給え。鳥はもう静かに寐入《ねい》っている。羽根|蒲団《ぶとん》や枕《まくら》を知らぬ鳥は!
鳥はもう静かに寝入っている。夢も我我より安らかであろう。鳥は現在にのみ生きるものである。しかし我我人間は過去や未来
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