は確かに動物的である。

   或才子

 彼は悪党になることは出来ても、阿呆になることは出来ないと信じていた。が、何年かたって見ると、少しも悪党になれなかったばかりか、いつも唯《ただ》阿呆に終始していた。

   希臘人

 復讐《ふくしゅう》の神をジュピタアの上に置いた希臘人《ギリシアじん》よ。君たちは何も彼も知り悉《つく》していた。

   又

 しかしこれは同時に又如何に我我人間の進歩の遅いかと云うことを示すものである。

   聖書

 一人の知慧《ちえ》は民族の知慧に若《し》かない。唯もう少し簡潔であれば、……

   或孝行者

 彼は彼の母に孝行した、勿論《もちろん》愛撫《あいぶ》や接吻《せっぷん》が未亡人だった彼の母を性的に慰めるのを承知しながら。

   或悪魔主義者

 彼は悪魔主義の詩人だった。が、勿論実生活の上では安全地帯の外に出ることはたった一度だけで懲《こ》り懲《ご》りしてしまった。

   或自殺者

 彼は或|瑣末《さまつ》なことの為に自殺しようと決心した。が、その位のことの為に自殺するのは彼の自尊心には痛手だった。彼はピストルを手にしたまま、傲然《ごうぜん》とこう独《ひと》り語《ごと》を言った。――「ナポレオンでも蚤《のみ》に食われた時は痒《かゆ》いと思ったのに違いないのだ。」

   或左傾主義者

 彼は最左翼の更に左翼に位していた。従って最左翼をも軽蔑《けいべつ》していた。

   無意識

 我我の性格上の特色は、――少くとも最も著しい特色は我我の意識を超越している。

   矜誇

 我我の最も誇りたいのは我我の持っていないものだけである。実例。――Tは独逸語《ドイツご》に堪能《たんのう》だった。が、彼の机上にあるのはいつも英語の本ばかりだった。

   偶像

 何びとも偶像を破壊することに異存を持っているものはない。同時に又彼自身を偶像にすることに異存を持っているものもない。

   又

 しかし又泰然と偶像になり了《おお》せることは何びとにも出来ることではない。勿論天運を除外例としても。

   天国の民

 天国の民は何よりも先に胃袋や生殖器を持っていない筈《はず》である。

   或仕合せ者

 彼は誰よりも単純だった。

   自己嫌悪

 最も著しい自己嫌悪の徴候はあらゆるものに※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》を見つけることである。いや、必ずしもそればかりではない。その又※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]を見つけることに少しも満足を感じないことである。

   外見

 由来最大の臆病者《おくびょうもの》ほど最大の勇者に見えるものはない。

   人間的な

 我我人間の特色は神の決して犯さない過失を犯すと云うことである。

   罰

 罰せられぬことほど苦しい罰はない。それも決して罰せられぬと神々でも保証すれば別問題である。

   罪

 道徳的並びに法律的範囲に於ける冒険的行為、――罪は畢竟こう云うことである。従って又どう云う罪も伝奇的色彩を帯びないことはない。

   わたし

 わたしは良心を持っていない。わたしの持っているのは神経ばかりである。

   又

 わたしは度たび他人のことを「死ねば善い」と思ったものである。しかもその又他人の中には肉親さえ交っていなかったことはない。

   又

 わたしは度たびこう思った。――「俺があの女に惚《ほ》れた時にあの女も俺に惚れた通り、俺があの女を嫌いになった時にはあの女も俺を嫌いになれば善いのに。」

   又

 わたしは三十歳を越した後、いつでも恋愛を感ずるが早いか、一生懸命に抒情詩《じょじょうし》を作り、深入りしない前に脱却した。しかしこれは必しも道徳的にわたしの進歩したのではない。唯ちょっと肚《はら》の中に算盤《そろばん》をとることを覚えたからである。

   又

 わたしはどんなに愛していた女とでも一時間以上話しているのは退窟《たいくつ》だった。

   又

 わたしは度たび※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》をついた。が、文字にする時は兎《と》に角《かく》、わたしの口ずから話した※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]はいずれも拙劣を極めたものだった。

   又

 わたしは第三者と一人の女を共有することに不平を持たない。しかし第三者が幸か不幸かこう云う事実を知らずにいる時、何か急にその女に憎悪を感ずるのを常としている。

   又

 わたしは第三者と一人の女を共有することに不平を持たない。しかしそれは第三者と全然見ず知らずの間がらであるか、或は極く疎遠の間がらであるか、どちらかであることを条件としている。

 
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