子《ようす》が、はっきりと記憶に残っています。そう云えばもう一つ、その頭の上の盆提灯が、豊かな胴へ秋草の模様をほんのりと明《あかる》く浮かせた向うに、雨上りの空がむら雲をだだ黒く一面に乱していたのも、やはり妙に身にしみて、忘れる事が出来ません。
そこで肝腎《かんじん》の話と云うのは、その新蔵《しんぞう》と云う若主人が(ほかに差障りがあるといけませんから、仮にこう呼んで置きましょう。)二十三の夏にあった事で、当時本所一つ目辺に住んでいた神下しの婆の所へ、ちと心配な筋があって、伺いを立てに行ったと云う、それが抑々《そもそも》の発端なのです。何でも六月の上旬ある日、新蔵はあの界隈《かいわい》に呉服屋を出している、商業学校時代の友だちを引張り出して、一しょに与兵衛鮨《よべえずし》へ行ったのだそうですが、そこで一杯やっている内に、その心配な筋と云うのを問わず語りに話して聞かせると、その友だちの泰《たい》さんと云うのが急に真面目な顔をして、「じゃお島婆さんに見て貰い給え。」と、熱心に勧め出しました。そこで仔細《しさい》を聞いて見ると、この神下しの婆と云うのは、二三年以前に浅草あたりから今の所へ引
前へ
次へ
全83ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング