たそうです。が、勿論新蔵と堅い約束の出来ていたお敏は、その晩にも逃げ帰る心算《つもり》だったそうですが、向うも用心していたのでしょう。度々入口の格子戸を窺《うかが》っても、必ず外に一匹の蛇が大きなとぐろを巻いているので、到底一足も踏み出す勇気は、起らなかったと云う事です。それからその後も何度となく、隙を狙っては逃げ出しにかかると、やはり似たような不思議があって、どうしても本意が遂げられません。そこでこの頃は仕方がなく何も因縁事と詮めて、泣く泣くお島婆さんの云いなり次第になっていました。
ところがこの間新蔵が来て以来、二人の関係が知れて見ると、日頃非道なあの婆が、お敏を責めるの責めないのじゃありません。それも打ったりつねったりするばかりか、夜更けを待っては怪しげな法を使って、両腕を空ざまに吊し上げたり、頸のまわりへ蛇をまきつかせたり、聞くさえ身の毛のよ立つような、恐しい目にあわせるのです。が、それよりもさらにつらいのは、そう云う折檻《せっかん》の相間《あいま》相間に、あの婆がにやりと嘲笑《あざわら》って、これでも思い切らなければ、新蔵の命を縮めても、お敏は人手に渡さないと、憎々しく嚇《
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