に死なれると、世話をする兄弟もなかったので、百ヶ日もまだすまない内に、日本橋の新蔵の家へ奉公する事になりましたから、それぎりお島婆さんとも交渉が絶えてしまいました。そう云うあの婆の所へ、どうしてまたお敏が行くようになったかは、後で御話しする事にしましょう。
ところでお島婆さんの素性はと云うと、歿くなった父親にでも聞いて見たらともかく、お敏は何も知りませんが、ただ、昔から口寄せの巫女《みこ》をしていたと云う事だけは、母親か誰かから聞いていました。が、お敏が知ってからは、もう例の婆娑羅《ばさら》の大神と云う、怪しい物の力を借りて、加持《かじ》や占をしていたそうです。この婆娑羅の大神と云うのが、やはりお島婆さんのように、何とも素性の知れない神で、やれ天狗《てんぐ》だの、狐だのと、いろいろ取沙汰もありましたが、お敏にとっては産土神《うぶすながみ》の天満宮の神主などは、必ず何か水府のものに相違ないと云っていました。そのせいかお島婆さんは、毎晩二時の時計が鳴ると、裏の縁側から梯子《はしご》伝いに、竪川の中へ身を浸して、ずっぷり頭まで水に隠したまま、三十分あまりもはいっている――それもこの頃の陽気
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