ぐに立ち上る。尤《もっと》も立ち上ってしまった時はもう唯の影ではない。山羊のように髯《ひげ》を伸ばした、目の鋭い紅毛人の船長である。

   34[#「34」は縦中横]

 この山みち。「さん・せばすちあん」は樟の木の下に船長と何か話している。彼の顔いろは重おもしい。が、船長は脣《くちびる》に絶えず冷笑を浮かべている。彼等は暫《しばら》く話した後、一しょに横みちへはいって行《ゆ》く。

   35[#「35」は縦中横]

 海を見おろした岬の上。彼等はそこに佇んだまま、何か熱心に話している。そのうちに船長はマントルの中から望遠鏡を一つ出し、「さん・せばすちあん」に「見ろ」と云う手真似《てまね》をする。彼はちょっとためらった後、望遠鏡に海の上を覗いて見る。彼等のまわりの草木《そうもく》は勿論、「さん・せばすちあん」の法服は海風の為にしっきりなしに揺らいでいる。が、船長のマントルは動いていない。

   36[#「36」は縦中横]

 望遠鏡に映った第一の光景。何枚も画を懸けた部屋の中に紅毛人の男女《なんにょ》が二人テエブルを中に話している。蝋燭《ろうそく》の光の落ちたテエブルの上には酒杯
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