船を眺めている。が、やがて両手を挙げ、顔中に喜びを漲《みなぎ》らせる。すると猿がもう一匹いつか同じ枝の上にゆらりと腰をおろしている。二匹の猿は手真似《てまね》をしながら、暫く何か話しつづける。それから後に来た猿は長い尻っ尾を枝にまきつけ、ぶらりと宙に下ったまま、樟の木の枝や葉に遮られた向うを目の上に手をやって眺めはじめる。
10[#「10」は縦中横]
前の洞穴の外部。芭蕉や竹の茂った外には何もそこに動いていない。そのうちにだんだん日の暮になる。すると洞穴の中から蝙蝠《こうもり》が一匹ひらひらと空へ舞い上って行く。
11[#「11」は縦中横]
この洞穴の内部。「さん・せばすちあん」がたった一人岩の壁の上に懸けた十字架の前に祈っている。「さん・せばすちあん」は黒い法服を着た、四十に近い日本人。火をともした一本の蝋燭《ろうそく》は机だの水瓶《みずがめ》だのを照らしている。
12[#「12」は縦中横]
蝋燭の火《ほ》かげの落ちた岩の壁。そこには勿論《もちろん》はっきりと「さん・せばすちあん」の横顔も映っている。その横顔の頸《くび》すじを尻っ尾の長い猿の影が一つ静かに頭の上へ登りはじめる。続いて又同じ猿の影が一つ。
13[#「13」は縦中横]
「さん・せばすちあん」の組み合せた両手。彼の両手はいつの間にか紅毛人のパイプを握っている。パイプは始めは火をつけていない。が、見る見る空中へ煙草《たばこ》の煙を挙げはじめる。………
14[#「14」は縦中横]
前の洞穴の内部。「さん・せばすちあん」は急に立ち上り、パイプを岩の上へ投げつけてしまう。しかしパイプは不相変《あいかわらず》煙草の煙を立ち昇らせている。彼は驚きを示したまま、二度とパイプに近よらない。
15[#「15」は縦中横]
岩の上に落ちたパイプ。パイプは徐《おもむ》ろに酒を入れた「ふらすこ」の瓶に変ってしまう。のみならずその又「ふらすこ」の瓶も一きれの「花かすていら」に変ってしまう。最後にその「花かすていら」さえ今はもう食物《しょくもつ》ではない。そこには年の若い傾城《けいせい》が一人、艶《なまめか》しい膝《ひざ》を崩したまま、斜めに誰《たれ》かの顔を見上げている。………
16[#「16」は縦中横]
「さん・せばすちあん」の上半身《かみはんしん》
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