妙にてれた容子《ようす》も隠しきれないで、『竜を御覧《ごろう》じられたかな。』と臆病らしく尋ねました。すると叔母は大息をついて、しばらくは口もきけないのか、ただ何度となく恐ろしそうに頷《うなず》くばかりでございましたが、やがてまた震え声で、『見たともの、見たともの、金色《こんじき》の爪ばかり閃かいた、一面にまっ黒な竜神《りゅうじん》じゃろが。』と答えるのでございます。して見ますと竜を見たのは、何も鼻蔵人《はなくろうど》の得業恵印《とくごうえいん》の眼のせいばかりではなかったのでございましょう。いや、後で世間の評判を聞きますと、その日そこに居合せた老若男女《ろうにゃくなんにょ》は、大抵皆雲の中に黒竜の天へ昇る姿を見たと申す事でございました。
「その後恵印は何かの拍子《ひょうし》に、実はあの建札は自分の悪戯《いたずら》だったと申す事を白状してしまいましたが、恵門を始め仲間の法師は一人もその白状をほんとうとは思わなかったそうでございます。これで一体あの建札の悪戯は図星《ずぼし》に中《あた》ったのでございましょうか。それとも的《まと》を外れたのでございましょうか。鼻蔵《はなくら》の、鼻蔵人《は
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