なくろうど》の、大鼻の蔵人得業《くろうどとくごう》の恵印法師に尋ねましても、恐らくこの返答ばかりは致し兼ねるのに相違ございますまい…………」

        三

 宇治大納言隆国《うじだいなごんたかくに》「なるほどこれは面妖《めんよう》な話じゃ。昔はあの猿沢池《さるさわのいけ》にも、竜が棲《す》んで居ったと見えるな。何、昔もいたかどうか分らぬ。いや、昔は棲んで居ったに相違あるまい。昔は天《あめ》が下の人間も皆|心《しん》から水底《みなそこ》には竜が住むと思うて居った。さすれば竜もおのずから天地《あめつち》の間《あいだ》に飛行《ひぎょう》して、神のごとく折々は不思議な姿を現した筈じゃ。が、予に談議を致させるよりは、その方どもの話を聞かせてくれい。次は行脚《あんぎゃ》の法師の番じゃな。
「何、その方の物語は、池《いけ》の尾《お》の禅智内供《ぜんちないぐ》とか申す鼻の長い法師の事じゃ? これはまた鼻蔵の後だけに、一段と面白かろう。では早速話してくれい。――」      
[#地から1字上げ](大正八年四月)



底本:「芥川龍之介全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年12月1日第1刷発行
   1996(平成8)年4月1日第8刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月〜1971(昭和46)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月8日公開
2004年3月13日修正
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