どこへ行く。」
下人は、老婆が屍骸《しがい》につまづきながら、慌《あは》てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こう罵《のゝし》つた。老婆は、それでも下人をつきのけて行《ゆ》かうとする。下人は又、それを行かすまいとして、押《お》しもどす。二人は屍骸《しがい》の中で、暫、無言《むごん》のまゝ、つかみ合つた。しかし勝敗《しようはい》は、はじめから、わかつている。下人はとうとう、老婆の腕《うで》をつかんで、無理にそこへ※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93]《ね》ぢ倒《たほ》した。丁度、鷄《とり》の脚のやうな、骨と皮ばかりの腕である。
「何をしてゐた。さあ何をしてゐた。云へ。云はぬと、これだぞよ。」
下人は、老婆《らうば》をつき放すと、いきなり、太刀《たち》の鞘《さや》を拂つて、白い鋼《はがね》の色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は默つてゐる。兩手《りやうて》をわなわなふるはせて、肩で息《いき》を切りながら、眼を、眼球《がんきう》が※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》の外へ出さうになる程、見開いて、唖のやうに執拗《しうね》く默つてゐる。これを見ると、下人は始
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