長な動作を繰返している、藍の素袍《すおう》と茶の半上下《はんがみしも》とを見て、図《はか》らず、この一節を思い出した。僕たちの書いている小説も、いつかこの野呂松人形のようになる時が来はしないだろうか。僕たちは、時代と場所との制限をうけない美があると信じたがっている。僕たちのためにも、僕たちの尊敬する芸術家のためにも、そう信じて疑いたくないと思っている。しかし、それが、果して、そうありたい[#「ありたい」に傍点]ばかりでなく、そうある[#「ある」に傍点]事であろうか。……
野呂松人形は、そうある[#「ある」に傍点]事を否定する如く、木彫の白い顔を、金の歩衝《ついたて》の上で、動かしているのである。
狂言は、それから、すっぱ[#「すっぱ」に傍点]が出て、与六を欺《だま》し、与六が帰って、大名の不興《ふきょう》を蒙《こうむ》る所で完《おわ》った。鳴物は、三味線のない芝居の囃《はや》しと能の囃しとを、一つにしたようなものである。
僕は、次の狂言を待つ間を、Kとも話さずに、ぼんやり、独り「朝日」をのんですごした。
[#地から1字上げ](大正五年七月十八日)
底本:「芥川龍之介全集1」
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