時の意気を。傍若無人、眼中殆んど平氏なし。彼は院の近臣の心事を、最も赤裸々に道破せるものにあらずや。しかも、彼等の密邇し奉れる後白河法皇は、入道信西をして、「反臣側にあるをも知ろしめさず。そを申す者あるも、毫も意とし給はざる程の君也」と評せしめたる、極めて敢為の御気象に富み給へる、同時に又、極めて術数を好み給ふ君主に、おはしましき。かくの如き法皇にして、かくの如き院の近臣に接し給ふ、欝勃たる反平氏の空気が、遂に恐るべき陰謀を生み出したる、亦怪むに足らざる也。此時に於て、隠忍、軽悍、驕妬の謀主、新大納言藤原成親が、治承元年山門の争乱に乗じ、名を後白河法皇の院宣に藉り、院の嬖臣を率ゐて、平賊を誅せむとしたるが如き、其消息の一端を洩したるものなりと云はざるべからず。小松内大臣が「富貴の家禄、一門の官位重畳せり。猶再実る木は其根、必傷るゝとも申しき。心細くこそ候へ」と、入道相国を切諫したる、素より宜なり。若し夫、唯機会だにあらしめば、弓をひいて平氏政府に反かむとするもの、豈独り、院の近臣に止らむや。一葉落ちて天下の秋を知る。平治の乱以来、茲に十八星霜、平氏は此陰謀に於て、始めて其存在の価値を問
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