軍知盛によつて、拒否せらるゝや、彼が滅亡は漸く一弾指の間に迫り来れり。
寿永三年正月、彼が、股肱の臣樋口次郎兼光をして行家を河内に討たしむるや、兵を用ふること迅速、敏捷、元の太祖が所謂、敵を衝く飢鷹の餌を攫むが如くなる、東軍の飛将軍、源九郎義経は、其慣用手段たる、孤軍長駆を以て、突として宇治に其白旄をひるがへしたり。同時に蒲冠者範頼の大軍は、潮の湧くが如く東海道を上りて、前軍早くも勢多に迫り、義仲の北走を拒がむと試みたり。根井大弥太行親、今井四郎兼平、義仲の命を奉じて東軍を逆ふ。其勢実に八百余騎、既にして両軍戈を宇治勢多に交ふるや、東軍の精鋭当るべからず。北風競はずして義仲の軍大に破れ、士卒矛をすてて走るもの数百人、東軍の軍威隆々として破竹の如し。
是に於て壮士二十人を従へて法皇を西洞院の第に守れる彼は、遂に法皇を擁して北国に走り、捲土重来の大計をめぐらすの外に策なきを見たり。而して彼、法皇に奏して曰「東賊、既に来り迫る、願くは竜駕を擁して醍醐寺に避けむ」と、法皇従ひ給はず。彼憤然として階下に進み剣を按じ眦を決して、行幸を請ふ、益※[#二の字点、1−2−22]急。法皇止む事を得ずして将
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