しかも、シシリーに破れたるカルセーヂは、暫く蟄して大ローマの轅門に降ると雖も、捲土重来、幢戟南伊太利の原野に満ちて、再カンネーに会稽の恥を雪がずンばやまず。鳳輦西に向ひて、西海に浮びたる平氏は、九州四国の波濤の健児を糾合して、鸞旗を擁し征帆をかゝげ、更に三軍を従へて京師に迫るの日なくンばやまず。風雪将に至らむとして、氷天霰を飛ばす、義仲の成功と共に動乱の気運は、再洪瀾の如く漲り来れり。
然り、彼は成功と共に失敗を得たり。彼が粟津の敗死は既に彼が、懸軍長駆、白旗をひるがへして洛陽に入れるの日に兆したり。彼は、其勃々たる青雲の念をして満足せしむると同時に、彼の位置の頗る危険なるを感ぜざる能はざりき。彼は北方の強たる革命軍を率ゐて洛陽に入れり、而して、洛陽は、彼等が住すべきの地にはあらざりき。剣と酒とを愛する北国の健児は、其兵糧の窮乏を感ずると共に、直に市邑村落を掠略したり。彼等のなす所は飽く迄も直截にして、且飽く迄も乱暴なりき。彼等は、馬を青田に放つて秣ふを憚らざりき。彼等は伽藍を壊ちて、薪とするを恐れざりき。
彼等は、彼等の野性を以て、典例と儀格とを重ンずる京洛の人心をして聳動せしめたり
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