はしめたるに於ては、遂に其帰趣を同くせずンばあらず。
義仲が革命の旗を飜して檄を天下に伝へむとするや、彼は踊躍して、「其料にこそ、君をば此二十年まで養育し奉りて候へ、かやうに仰せらるゝこそ八幡殿の御末とも思させましませ」と叫びたりき。「立馬呉山第一峰」の野心、此短句に躍々たるを見るべし。始め、実盛の義仲をして彼が許に在らしむるや、彼は竊に「今こそ孤にておはしますとも、武運開かば日本国の武家の主ともなりや候はむ。いかさまにも養立てて、北陸道の大将軍ともなし奉らむ」と独語したりき。彼が、雄心勃々として禁ずる能はず、機に臨ンで其驥足を伸べむと試みたる老将たりしや知るべきのみ。年少気鋭、不尽の火其胸中に燃えて止まざる我義仲にして斯老の膝下にある、焉ぞ其心躍らざるを得むや。彼が悍馬に鞭ちて疾駆するや、彼が長弓を横へて雉兎を逐ふや、彼は常に「これは平家を攻むべき手ならひ」と云へり。
かゝる家門の歴史を有し、かゝる渓谷に人となり、而してかゝる家庭に成育せる彼は、かくの如くにして其烈々たる青雲の念を鼓動せしめたり。彼は実に木曾の健児也。其一代の風雲を捲き起せるの壮心、其真率にして自ら忍ぶ能はざるの血性
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