、藤原氏の衰運なりき。法性寺関白をして「此世をば我世とぞ思ふ」と揚言せしめたる、藤門往年の豪華は遠く去りて、今や幾多の卿相は、平氏の勃興すると共に、彼等が漸、西風落日の悲運に臨めるを感ぜざる能はざりき。嘗て彼等が夷狄を以て遇したる平氏は、却て彼等を遇するに掌上の傀儡を以てせむとしたるにあらずや。嘗て彼等が、地下の輩と卑めたる平氏は、却て彼等をして其残杯冷炙に甘ぜしめむとしたるにあらずや。而して嘗て屡※[#二の字点、1−2−22]京童の嘲笑を蒙れる、布衣韋帯の高平太は、却て彼等をして其足下に膝行せしめむとしたるにあらずや。約言すれば、彼等は遂に彼等対平氏の関係が、根柢より覆されたるを、感ぜざる能はざりき。典例と格式とを墨守して、悠々たる桃源洞裡の逸眠を貪れる彼等公卿にして、かゝる痛烈なる打撃の其政治的生命の上に加へられたるを見る、焉ぞ多大の反感を抱かざるを得むや。然り、彼等は平氏に対して、はた入道相国に対して、漸くに抑ふべからざる反感を抱くに至れり。彼等は秩序的手腕ある大政治家としての入道相国を知らず。唯、鎌倉時代の遊行詩人たる琵琶法師をして、「伝へ承るこそ、言葉も心も及ばれね」と、驚歎
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