下の怨府たらしめしが如く、亦東国の武士をして少からざる不快を抱かしめたり。嘗て、馬を彼等と並べて、銀兜緋甲、王城を守れる平門の豎子が、今は一門の栄華を誇りて却て彼等に加ふるに痴人猶汲夜塘水の嘲侮を以てするを見る、彼等の心にして焉ぞ平なるを得むや。切言すれば、彼等は、漸に其門閥の貴き意義を失はむとするを感じたり。嗚呼、「弓矢とる身のかりにも名こそ惜しく候へ」と叫破せる彼等にして、焉ぞ此侮蔑に甘ずるを得むや。加ふるに大番によりて京師に往来したる多くの豪族は、京師に横溢せる、危険なる反平氏の空気を、冥黙の間に彼等の胸奥に鼓吹したり。而して、平氏が法皇幽屏の暴挙を敢てすると共に、久しく欝積したる彼等の不快は、一朝にして勃々たる憤激となれり。
しかも、天下の風雲は日に日に急にして、革命的気運は、将に暗潮の如く湧き来らむとす。是に於て、彼等の野心は、漸に動き来れり。野心は如何なる場合に於ても人をして、其力量以上の事業をなさしめずンばやまず。泰山を挾みて北海を越えしむるものは野心也。精衛をして滄溟を埋めしむるものは野心也。所謂天民の秀傑なる、智勇弁力ある彼等が、大勢の将に変ぜむとするを見て、抑ふべか
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