与へむ乎、液体は忽に固体を析出する也。一度革命の気運にして動かむ乎、彼等は直に剣を按じて蹶起するを辞せざる也。彼等豈恐れざる可からざらむや。然れども彼等は、未平氏に対して比較的従順なる態度を有したりき。請ふ彼等を以て、妄に生を狗鼠の間に偸むものとなす勿れ。彼等が平氏に対して温和なりしは、唯平氏が彼等に対して温和なりしが為のみ。嘗て、吾人の論ぜしが如く、平氏の立脚地は西国にあり。平氏にして、相印を帯びて天下に臨まむと欲せば、西国の経営は、其最も重要なる手段の一たらずンばあらず。さればこそ、入道相国の烱眼は、瀬戸内海の海権を収めて、四国九州の勢力を福原に集中するの急務なるを察せしなれ。西南二十一国が平氏の守介を有したる豈此間の消息を洩したるものにあらずや。既に平氏にして西国の経営に尽瘁す。東国をして単に現状を維持せしめむとしたるが如き、亦怪しむに足らざる也。而して、自由を愛する東国の武士は此寛大なる政策に謳歌したり。謳歌せざる迄も悦服したり。悦服せざる迄も甘受したり。彼等は実に此優遇に安じて二十年を過ぎたりし也。
然れ共今や平氏は完く其成功に沈酔したり。而して平氏の酔態は、平氏自身をして天
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