れておはせしが、遂に空しくなり給ひぬ。今は何の憚る所ぞ。御辺一度立つて麾かば天下は風の如く、靡きなむ。」と、勇僧文覚をして、抃舞、蛭ヶ小島の流人を説かしめしは、実に此時にありとなす。平氏政府の命数は、既に眉端に迫れる也。危機実に一髪。
天下の大勢が、かくの如く革命の気運に向ひつゝありしに際し、諸国の源氏は如何なる状態の下にありし乎。願くは吾人をして、語らしめよ。嘗て、東山東海北陸の三道にわたり、平氏と相並んで、鹿を中原に争ひたる源氏も、時利あらず、平治の乱以来逆賊の汚名を負ひて、空しく東国の莽蒼に雌伏したり。然りと雖も八幡公義家が、馬を朔北の曠野に立て、乱鴻を仰いで長駆、安賊を鏖殺したる、当年の意気豈悉消沈し去らむ哉。革命の激流一度動かば、先平氏政府に向つて三尖の長箭を飛ばさむと欲するもの、源氏を措いて又何人かある。是平氏政府自身が恒に戒心したる所にあらずや。
然り、源氏は真に平氏の好敵手たるに恥ぢず。彼は平氏に対する勁敵中の勁敵也。頼義義家が前九後三の禍乱を鎮めしより以来、東国は其半独立の政治的天地となり、武門の棟梁は、其因襲的の尊称となれり。しかも平氏は、平氏自身の立脚地が西国にあ
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