、当るべからざるを聞ける宗盛は、是に於て、舞楽の名手、五月人形の大将軍右近衛中将平維盛を主将とせる、有力なる征北軍を組織し、白旄黄鉞、粛々として、怒濤の如く来り迫る革命軍を、討たしめたり。平軍十万、赤旗天を掩ひ精甲日に輝く。流石に、滔天の勢を以て突進したる我北陸の革命軍も、平氏が此窮鼠の如き逆撃に対しては、陣頭の自ら乱るゝを禁ずる能はざりき。我義仲が、富樫入道仏誓をして守らしめたる燧山城の要害、先平軍の手に帰し、次いで林六郎光明の堅陣、忽ちにして平軍の撃破する所となり、遂に革命軍が血を以て購へる加賀一州の江山をして、再び平門の豎子が掌中に収めしむるの恨事を生じたり。既に源軍を破つて意気天を衝ける平軍は、是に至りて三万の軽鋭を分ちて志雄山に向はしめ、大将軍、維盛自らは、七万の大軍を駆つて礪波山に陣し、長蛇捲地の勢をなして、一挙、革命軍を越中より、掃蕩せむと欲したり。然りと雖も、平右近衛中将は、決して我義仲に肩随すべき将略と勇気とを有せざりき。越後にありて革命軍の敗報を耳にしたる義仲は、直ちに全軍を提げて越中に入れり。越中に入れると共に直ちに、蔵人行家をして志雄山の平軍を討たしめたり。志雄山の平軍を討たしむると共に、直ちに鼓噪して黒坂に至り維盛と相対して白旗を埴生の寒村に飜せり。数を以てすれば彼は実に平軍の半にみたず、地を以てすれば、平軍は已に礪波の嶮要を擁せり。彼の之を以て平軍の鋭鋒を挫き、倒瀾を既墜にめぐらさむと欲す、豈難からずとせむや。
然れ共、彼は、泉の如く湧く敏才を有したりき。彼は、其夜猛牛数百を集め炬を其角に縛し、鞭ちて之を敵陣に縦ち、源軍四万。雷鼓して平軍を衝きぬ。角上の炬火、連ること星の如く、喊声鼓声、相合して南溟の衆水一時に覆るかと疑はる。平軍潰敗して南壑に走り、崖下に投じて死するもの一万八千余人、人馬相蹂み、刀戟相貫き、積屍陵をなし、戦塵天を掩ふ。維盛僅に血路をひらき、残軍を合して加賀に走り、佐良岳の天嶮に拠りて、再革命軍を拒守せむとしたるも、大勢の赴く所亦如何ともなすべからず。志雄山の平軍既に破れ、義仲行家疾馳して平軍に迫る、無人の境を行くが如く、安宅の渡を渉りて篠原を襲ひ、遂に大に征北軍を撃破し、勇奮突破、南に進むこと、猛虎の群羊を駆るが如く、将に長駆して京師に入らむとす。かくして、寿永二年七月、赤幟、洛陽を指して、敗残の平軍、悉く都に帰ると共に
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