嫌《きげん》をとってまでも、失職の危険を避けようとしている。だから先生が教師をしているのは、生活のために余儀なくされたので、何も教育そのものに興味があるからではない。――朧《おぼろ》げながらこんな批評を逞《たくまし》ゅうした自分は、今は服装と学力とに対する侮蔑ばかりでなく、人格に対する侮蔑さえ感じながら、チョイス・リイダアの上へ頬杖《ほおづえ》をついて、燃えさかるストオヴの前へ立ったまま、精神的にも肉体的にも、火炙《ひあぶ》りにされている先生へ、何度も生意気《なまいき》な笑い声を浴びせかけた。勿論これは、自分一人に限った事でも何でもない。現に先生をやりこめた柔道の選手なぞは、先生が色を失って謝罪すると、ちょいと自分の方を見かえって、狡猾《こうかつ》そうな微笑を洩《もら》しながら、すぐまた読本の下にある押川春浪《おしかわしゅんろう》の冒険小説を、勉強し始めたものである。
 それから休憩時間の喇叭《らっぱ》が鳴るまで、我《わが》毛利先生はいつもよりさらにしどろもどろになって、憐《あわれ》むべきロングフェロオを無二無三《むにむさん》に訳読しようとした。「Life is real, life 
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