うものは、元より自分たちに理解されよう筈がない。それより訴えると云うその事実の、滑稽《こっけい》な側面ばかり見た自分たちは、こう先生が述べ立てている中に、誰からともなくくすくす笑い出した。ただ、それがいつもの哄然たる笑声に変らなかったのは、先生の見すぼらしい服装と金切声《かなきりごえ》をあげて饒舌《しゃべ》っている顔つきとが、いかにも生活難それ自身の如く思われて、幾分の同情を起させたからであろう。しかし自分たちの笑い声が、それ以上大きくならなかった代りに、しばらくすると、自分の隣にいた柔道の選手が、突然武侠世界をさし置いて、虎のような勢《いきおい》を示しながら、立ち上った。そうして何を云うかと思うと、
「先生、僕たちは英語を教えて頂くために、出席しています。ですからそれが教えて頂けなければ、教室へはいっている必要はありません。もしもっと御話が続くのなら、僕は今から体操場へ行きます。」
 こう云って、その生徒は、一生懸命に苦《にが》い顔をしながら、恐しい勢でまた席に復した。自分はその時の毛利《もうり》先生くらい、不思議な顔をした人を見た事はない。先生はまるで雷《らい》に撃《う》たれたよう
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