になった、あいつの学校友だちが住んでいる。――そこへ遊びに行くと云うのだが、何もこの雨の降るのに、わざわざ鎌倉くんだりまで遊びに行く必要もないと思ったから、僕は勿論僕の妻《さい》も、再三|明日《あした》にした方が好くはないかと云って見た。しかし千枝子は剛情に、どうしても今日行きたいと云う。そうしてしまいには腹を立てながら、さっさと支度して出て行ってしまった。
事によると今日は泊《とま》って来るから、帰りは明日《あす》の朝になるかも知れない。――そう云ってあいつは出て行ったのだが、しばらくすると、どうしたのだかぐっしょり雨に濡れたまま、まっ蒼な顔をして帰って来た。聞けば中央停車場から濠端《ほりばた》の電車の停留場まで、傘《かさ》もささずに歩いたのだそうだ。では何故《なぜ》またそんな事をしたのだと云うと、――それが妙な話なのだ。
千枝子が中央停車場へはいると、――いや、その前にまだこう云う事があった。あいつが電車へ乗った所が、生憎《あいにく》客席が皆|塞《ふさ》がっている。そこで吊《つ》り革《かわ》にぶら下っていると、すぐ眼の前の硝子《ガラス》窓に、ぼんやり海の景色が映るのだそうだ。電
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