実を人間にしたやうな面持ちで、私の前に坐つてゐる事を絶えず意識せずにはゐられなかつた。この隧道の中の汽車と、この田舎者の小娘と、さうして又この平凡な記事に埋つてゐる夕刊と、――これが象徴でなくて何であらう。不可解な、下等な、退屈な人生の象徴でなくて何であらう。私は一切がくだらなくなつて、読みかけた夕刊を抛《はふ》り出すと、又窓枠に頭を靠《もた》せながら、死んだやうに眼をつぶつて、うつらうつらし始めた。
 それから幾分か過ぎた後であつた。ふと何かに脅《おびやか》されたやうな心もちがして、思はずあたりを見まはすと、何時《いつ》の間にか例の小娘が、向う側から席を私の隣へ移して、頻《しきり》に窓を開けようとしてゐる。が、重い硝子戸《ガラスど》は中々思ふやうにあがらないらしい。あの皸《ひび》だらけの頬は愈《いよいよ》赤くなつて、時々|鼻洟《はな》をすすりこむ音が、小さな息の切れる声と一しよに、せはしなく耳へはいつて来る。これは勿論私にも、幾分ながら同情を惹《ひ》くに足るものには相違なかつた。しかし汽車が今|将《まさ》に隧道《トンネル》の口へさしかからうとしてゐる事は、暮色の中に枯草ばかり明い両側
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