の煙を満面に浴びせられたおかげで、殆《ほとんど》息もつけない程|咳《せ》きこまなければならなかった。が、小娘は私に頓着《とんじゃく》する気色《けしき》も見えず、窓から外へ首をのばして、闇を吹く風に銀杏返しの鬢《びん》の毛を戦《そよ》がせながら、じっと汽車の進む方向を見やっている。その姿を煤煙と電燈の光との中に眺めた時、もう窓の外が見る見る明くなって、そこから土の匂《におい》や枯草の匂や水の匂が冷《ひやや》かに流れこんで来なかったなら、漸《ようやく》咳きやんだ私は、この見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけてでも、又元の通り窓の戸をしめさせたのに相違なかったのである。
しかし汽車はその時分には、もう安々と隧道を辷《すべ》りぬけて、枯草の山と山との間に挟《はさ》まれた、或貧しい町はずれの踏切りに通りかかっていた。踏切りの近くには、いずれも見すぼらしい藁屋根《わらやね》や瓦《かわら》屋根がごみごみと狭苦しく建てこんで、踏切り番が振るのであろう、唯|一旒《いちりゅう》のうす白い旗が懶《ものう》げに暮色を揺《ゆす》っていた。やっと隧道を出たと思う――その時その蕭索《しょうさく》とした踏切りの柵《さ
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