うの全財産を一度に手へ入れることが出来るのです。こんな時に使わなければどこに魔術などを教わった、苦心の甲斐《かい》があるのでしょう。そう思うと私は矢《や》も楯《たて》もたまらなくなって、そっと魔術を使いながら、決闘でもするような勢いで、
「よろしい。まず君から引き給え。」
「九《く》。」
「王様《キング》。」
 私は勝ち誇った声を挙げながら、まっ蒼になった相手の眼の前へ、引き当てた札《ふだ》を出して見せました。すると不思議にもその骨牌《かるた》の王様《キング》が、まるで魂がはいったように、冠《かんむり》をかぶった頭を擡《もた》げて、ひょいと札《ふだ》の外へ体を出すと、行儀よく剣を持ったまま、にやりと気味の悪い微笑を浮べて、
「御婆サン。御婆サン。御客様ハ御帰リニナルソウダカラ、寝床ノ仕度ハシナクテモ好イヨ。」
 と、聞き覚えのある声で言うのです。と思うと、どういう訳か、窓の外に降る雨脚《あまあし》までが、急にまたあの大森の竹藪にしぶくような、寂しいざんざ降《ぶ》りの音を立て始めました。
 ふと気がついてあたりを見廻すと、私はまだうす暗い石油ランプの光を浴びながら、まるであの骨牌《かるた
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