翻訳小品
芥川龍之介
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)希臘《ギリシヤ》人
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)南|伊太利亜《イタリア》人
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]
−−
一 アダムとイヴと
小さい男の子と小さい女の子とが、アダムとイヴとの画を眺めてゐた。
「どつちがアダムでどつちがイヴだらう?」
さう一人が言つた。
「分らないな。着物着てれば分るんだけれども。」
他の一人が言つた。(Butler)
二 牧歌
わたしは或南|伊太利亜《イタリア》人を知つてゐる。昔の希臘《ギリシヤ》人の血の通つた或南伊太利亜人である。彼の子供の時、彼の姉が彼にお前は牝牛《めうし》のやうな眼をしてゐると言つた。彼は絶望と悲哀とに狂ひながら、度々泉のあるところへ行つて其水に顔を写して見た。「自分の眼は、実際牝牛の眼のやうだらうか?」彼は恐る怖る自らに問うた。「ああ、悲しい事には、悲し過ぎる事には、牝牛の眼にそつくりだ。」彼はかう答へざるを得なかつた。
彼は一番懇意な、又一番信頼してゐる遊び仲間に、彼の眼が牝牛の眼に似てゐるといふのは、ほんたうかどうかを質《たづ》ねて見た。しかし彼は誰からも慰めの言葉を受けなかつた。何故と云へば、彼等は異口同音に彼を嘲笑《あざわら》ひ、似てゐるどころか、非常によく似てゐると云つたからである。それから、悲哀は彼の霊魂を蝕《むしば》み、彼は物を喰ふ気もしなくなつた。すると、とうとう或日、其土地で一番可愛らしい少女が彼にかう云つた。
「ガエタアノ、お婆さんが病気で薪《たきぎ》を採《と》りに行かれないから、今夜わたしと一所に森へ行つて、薪を一二|荷《か》お婆さんへ持つて行つてやる手伝ひをして頂戴な。」
彼は行かうと言つた。
それから太陽が沈み、涼しい夜の空気が栗《くり》の木蔭に漾《ただよ》つた時、二人は其処《そこ》に坐つてゐた。頬《ほほ》と頬とを寄せ合ひ、互ひに腰へ手を廻しながら。
「をう、ガエタアノ、」少女が叫んだ。「わたしはほんたうに貴方《あなた》が好きよ。貴方がわたしを見ると、貴方の眼は―
次へ
全2ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング