也《かなり》深い溝だつたと見え、水の上に出てゐるのは首だけになつてしまつたんでせう。僕は思はず笑つてしまつてね。」
僕等をのせた円タクはかう云ふ僕等の話の中《うち》に寿座《ことぶきざ》の前を通り過ぎた。画看板《ゑかんばん》を掲げた寿座は余り昔と変らないらしかつた。僕の父の話によれば、この辺、――二つ目通りから先は「津軽《つがる》様」の屋敷だつた。「御維新《ごゐしん》」前《まへ》の或年の正月、父は川向うへ年始に行《ゆ》き、帰りに両国橋《りやうごくばし》を渡つて来ると、少しも見知らない若侍《わかざむらひ》が一人《ひとり》偶然父と道づれになつた。彼もちやんと大小をさし、鷹《たか》の羽《は》の紋のついた上下《かみしも》を着てゐた。父は彼と話してゐるうちにいつか僕の家《うち》を通り過ぎてしまつた。のみならずふと気づいた時には「津軽様」の溝《どぶ》の中へ転げこんでゐた。同時に又若侍はいつかどこかへ見えなくなつてゐた。父は泥まみれになつたまま、僕の家《うち》へ帰つて来た。何でも父の刀は鞘走《さやばし》つた拍子《ひやうし》にさかさまに溝の中に立つたと云ふことである。それから若侍に化《ば》けた狐は(父は未《いま》だこの若侍を狐だつたと信じてゐる。)刀の光に恐れた為にやつと逃げ出したのだと云ふことである。実際狐の化けたかどうかは僕にはどちらでも差支《さしつか》へない。僕は唯父の口からかう云ふ話を聞かされる度にいつも昔の本所《ほんじよ》の如何《いか》に寂しかつたかを想像してゐた。
僕等は亀沢町《かめざはちやう》の角《かど》で円タクをおり、元町《もとまち》通りを両国へ歩いて行つた。菓子屋の寿徳庵《じゆとくあん》は昔のやうにやはり繁昌《はんじやう》してゐるらしい。しかしその向うの質屋《しちや》の店は安田《やすだ》銀行に変つてゐる。この質屋の「利《り》いちやん」も僕の小学時代の友だちだつた。僕はいつか遊び時間に僕等の家《うち》にあるものを自慢《じまん》し合つたことを覚えてゐる。僕の友だちは僕のやうに年とつた小役人《こやくにん》の息子《むすこ》ばかりではない。が、誰も「利《り》いちやん」の言葉には驚嘆せずにはゐられなかつた。
「僕の家《うち》の土蔵《どざう》の中には大砲《おほづつ》万右衛門《まんゑもん》の化粧廻《けしやうまは》しもある。」
大砲《おほづつ》は僕等の小学時代に、――常陸山《ひ
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