ざいますから、わたしは今日《きょう》伴《とも》もつれずに、早速一条戻り橋へ、その曝し首を見に参りました。
戻り橋のほとりへ参りますと、もうその首を曝した前には、大勢《おおぜい》人がたかって居ります。罪状を記《しる》した白木《しらき》の札《ふだ》、首の番をする下役人《したやくにん》――それはいつもと変りません。が、三本組み合せた、青竹の上に載せてある首は、――ああ、そのむごたらしい血まみれの首は、どうしたと云うのでございましょう? わたしは騒々《そうぞう》しい人だかりの中に、蒼《あお》ざめた首を見るが早いか、思わず立ちすくんでしまいました。この首はあの男ではございません。阿媽港甚内の首ではございません。この太い眉《まゆ》、この突き出た頬《ほお》、この眉間《みけん》の刀創《かたなきず》、――何一つ甚内には似て居りません。しかし、――わたしは突然日の光も、わたしのまわりの人だかりも、竹の上に載せた曝《さら》し首も、皆どこか遠い世界へ、流れてしまったかと思うくらい、烈しい驚きに襲われました。この首は甚内ではございません。わたしの首でございます。二十年以前のわたし、――ちょうど甚内の命を助けた、その頃のわたしでございます。「弥三郎《やさぶろう》!」――わたしは舌さえ動かせたなら、こう叫んでいたかも知れません。が、声を揚げるどころかわたしの体は瘧《おこり》を病んだように、震《ふる》えているばかりでございました。
弥三郎! わたしはただ幻のように、倅《せがれ》の曝し首を眺めました。首はやや仰向《あおむ》いたまま半ば開《ひら》いた※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》の下から、じっとわたしを見守って居ります。これはどうした訣《わけ》でございましょう? 倅は何かの間違いから、甚内と思われたのでございましょうか? しかし御吟味《ごぎんみ》も受けたとすれば、そう云う間違いは起りますまい。それとも阿媽港甚内というのは、倅だったのでございましょうか? わたしの宅へ来た贋雲水《にせうんすい》は、誰か甚内の名前を仮りた、別人だったのでございましょうか? いや、そんな筈はございません。三日と云う日限《にちげん》を一日も違《たが》えず、六千貫の金を工面《くめん》するものは、この広い日本の国にも、甚内のほかに誰が居りましょう? して見ると、――その時わたしの心の中には、二年以前雪の降
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