、額のつまった、あすこ中《じゅう》での茶目だった奴さ。あいつが君、はいっているんだ。お座敷着で、お銚子を持って、ほかの朋輩《ほうばい》なみに乙につんとすましてさ。始《はじめ》は僕も人ちがいかと思ったが、側《そば》へ来たのを見ると、お徳にちがいない。もの云う度に、顋《あご》をしゃくる癖も、昔の通りだ。――僕は実際無常を感じてしまったね。あれでも君、元は志村《しむら》の岡惚《おかぼ》れだったんじゃないか。
志村の大将、その時分は大真面目《おおまじめ》で、青木堂へ行っちゃペパミントの小さな罎《びん》を買って来て、「甘いから飲んでごらん。」などと、やったものさ。酒も甘かったろうが、志村も甘かったよ。
そのお徳が、今じゃこんな所で商売をしているんだ。シカゴにいる志村が聞いたら、どんな心もちがするだろう。そう思って、声をかけようとしたが、遠慮した。――お徳の事だ。前には日本橋に居りましたくらいな事は、云っていないものじゃない。
すると、向うから声をかけた。「ずいぶんしばらくだわねえ。私《わたし》がUにいる時分にお眼にかかった切りなんだから。あなたはちっともお変りにならない。」なんて云う。――
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