かろうさ。これには、僕も同情したよ。
「何でも、十二三度その人がちがった役をするのを見たんです。顔の長い、痩せた、髯《ひげ》のある人でした。大抵黒い、あなたの着ていらっしゃるような服を着ていましたっけ。」――僕は、モオニングだったんだ。さっきで懲《こ》りているから、機先を制して、「似ていやしないか。」って云うと、すまして、「もっといい男」さ。「もっといい男」はきびしいじゃないか。
「何《なん》しろあなた、幕の上で遇うだけなんでしょう。向うが生身《いきみ》の人なら、語《ことば》をかけるとか、眼で心意気を知らせるとか出来るんですが、そんな事をしたって、写真じゃね。」おまけに活動写真なんだ。肌身はなさずとも、行《ゆ》かなかった訳さ。「思い思われるって云いますがね。思われない人だって、思われるようにはしむけられるんでしょう。志村さんにしたって、私によく青いお酒を持って来ちゃくだすった。それが私のは、思われるようにしむける事も出来ないんです。ずいぶん因果じゃありませんか。」一々|御尤《ごもっと》もだ。こいつには、可笑《おか》しい中でも、つまされたよ。
「それから芸者になってからも、お客様をつれ出しちゃよく活動を見に行ったんですが、どうした訳か、ぱったりその人が写真に出てこなくなってしまったんです。いつ行って見ても、「名金《めいきん》」だの「ジゴマ」だのって、見たくも無いものばかりやっているじゃありませんか。しまいには私も、これはもう縁がないもんだとさっぱりあきらめてしまったんです。それがあなた……」
 ほかの連中が相手にならないもんだから、お徳は僕一人をつかまえて、しゃべっているんだ。それも半分泣き声でさ。
「それがあなた、この土地へ来て始めて活動へ行った晩に、何年ぶりかでその人が写真に出て来たじゃありませんか。――どこか西洋の町なんでしょう。こう敷石があって、まん中に何だか梧桐《あおぎり》みたいな木が立っているんです。両側はずっと西洋館でしてね。ただ、写真が古いせいか、一体に夕方みたいにうすぼんやり黄いろくって、その家《うち》や木がみんな妙にぶるぶるふるえていて――そりゃさびしい景色なんです。そこへ、小さな犬を一匹つれて、その人があなた煙草をふかしながら、出て来ました。やっぱり黒い服を着て、杖をついて、ちっとも私が子供だった時と変っちゃいません……」
 ざっと十年ぶりで、恋
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング